拙者親方と申すは

 この記事をご覧の内にご存知のお方もござりましょーが

 

 外郎売の文頭を引用したことにお気付きいただけましたでしょうか?

  外郎売(ういろううり)とは何ぞや、というそこの貴方には、簡単な説明をば。

 300年ほど前に初上演された「若緑勢曾我」という演目の中の長ゼリフの一つのことであります、Wikiりました。

 

 まぁこの外郎売ですが、滑舌の練習になることから、今日ではアナウンサーや俳優、声優の練習用として使われることが多く、私もその用途として覚え始めた次第です。

 

 覚えている内に感じていることは、この外郎売という長セリフ。非常にテンポが良いということ。

 意味の是非は無知な私には語り得ないけれども、声に出して楽しいというのは新鮮でした。

 

 あーー、オチが無い。

 しかしいつも冷静沈着、明鏡止水の境地に達しているこの私。オチも付けずに、投稿することを思いつく。

 

何故そんな暴挙に出られるかって?

それは私が落ち着いているからさ!

 

……恥ずかしさで記事を消す前に投稿しますす。読んでくれてる人いつもありがとうです。

消えたブログに哀悼の意を

 きっとそのブログを続けることに価値を失ったのか、あるいは優先順位が変わってしまったのだろう。

 

 僕が読者になっていたブログの中で二件消えていた。(一件は結構前だけれど)

 お二人とも楽しく読ませてもらってました。

頭の良い人はキレがあるな、と感じたり、もう1人の方は初期に書かれていた記事が非常に印象的なものがありましたね。

長々と書いても結局は独り言なので、早めに切り上げよう。

 

 お疲れさまです。

 

一味!山椒!!!七味!!!!!!!

 これより下は客観性及び再現性のない、つまり僕以外には何ら役に立たない実験の顛末を記す。

 

http://www.ncnp.go.jp/press/release.html?no=105

 上記リンクはこのブログ記事内において、唯一信頼のおける情報である。

 簡単に纏めると、うつ病の人の腸内は、普通の人より善玉菌が少ないとのことである。実際にはもう少し詳細が載っているので、気になった人は読んでみて欲しい。僕は斜め読みしてわかったフリだけしている。

 世間においてまことしやかに囁かれる、腸の状態が精神状態に影響を与えるというのも、この研究結果により強ちオカルトめいたものだとは言えなくなっただろう。

 

 さて、僕の研究だが、

一味唐辛子

山椒

七味唐辛子

 といった胃腸を痛めつけることの出来る香辛料を用いて、意図的に胃腸の状態を悪くした場合、精神状態にどのような影響を及ぼすか、ということを調べてみた。

 

 自分用の調査であるため、全ては体感である。

 

 まぁ、結論から言うと、恐らく関係はありそうだ。

 実験開始が約二週間前。

 主食のカップラーメンに大量の山椒をぶち込んだ。このシビれるのがたまんねぇ、なんて言いながら食べているわけだが、これはしばらく我慢していた香辛料ぶち込み欲を解放した結果である。決して無理をしているわけではない。

 

 その日を境に香辛料ぶち込み祭りは間髪を入れずに継続して、まずは身体的な影響が出てきた。

 謎の腹痛、腹下し等々。想定される原因は当然、表題の香辛料三種。

 そして数日を置いて出てきた影響が精神的なものである。

 

 ネガティブ思考、軽度な自殺願望、軽度な自傷行為

 

 以上の三つだろうか。

 

 そしてこの記事を書いている今は香辛料を未使用である。

 上述の悪影響はすっかり消え去っている。もちろん思い込みや、プラセボ効果めいたものは否定出来ないが、香辛料を過度に使うことは推奨されないと実感出来たことは今回の収穫であろう。

 

 表題の香辛料一味を散々に使うことは七難八苦を呼ぶのだ、と偶然名前に数字が入っていることをオチにして今回の記事を締めます。

 

下書きに潜む趣味

 文章書きたいという欲はあれども、小説という体を成す文章を書く程のやる気もない時にもこのブログは役に立っている。

 更にはパッと思い付いたタイトルや話題等も、ブログアプリをメモ帳代わりに使い、下書きへと残している。

 

 さてまぁ、このように乱雑な使い方をされているブログであるが、件の下書きには私の趣味が潜んでいるなぁと感じたわけである。

 

以下に記すのは、 今後日の目を浴びることの無かったであろうタイトル達。それらがチョット勿体なかったので放出する次第だ。

 ……勿体ないの意味が自分でもよくわからないが、続けよう。

 

・猫部門

「ねこたちの集会」

「うちの子かわいい宣言」

 さて、この文章を打ち込んでいる現在、我が子が私の腕枕でゆっくりと寝ている。頬をすり寄せると、ノドをごろごろと鳴らす小さくふわふわな毛玉がとても愛しい。

 上記のタイトルは、そんな我が子を含む猫への愛を書きたかったのであろう。

 

 

・雰囲気部門

「激動の時代に生きる平穏な僕たち」

「夕暮れは追いかけない」

「自己愛と自己嫌悪の共存」

「不誠実の結末」

 ほのかに厨二病の匂い漂わせている、これらのタイトル。

 しかし私としては案外気に入っているタイトル達だ。内容もある程度書いておいた分もあるので、またいつか放出するかもしれない。

 

 

 ・やりたい事書いてるだけ部門
「プログラミング学びたい」
ミルフィーユ食べたい」
学べ、食え。以上。
何が書きたかったんだ。

 

 

 

 こんなところだろうか。

 さてどうして公開しようと思ったかと言うと、拝見している二つのブログ(恐らく関係は無い)が何故か同日に自己紹介の記事をアップしていた。端的に言って、影響を受けたわけである。

 

 以上、下書きのタイトルを羅列して、私という存在の内面性を紹介していくのコーナーでした。

 

 ちなみに結局うちの子はこの記事を書き終わるまで、ずっと側に居てくれてました。

 あああああ大好き大好き、癒されるうううううううううおおおあああ

 

もちっと髪、短くしたらよかった。

 美容師さんの

「こんな感じですけれど、良いですかー?」

リテイクをしたことは僕の人生で一度も無い。

  美容師さんの仕事ぶりを否定することになりそうで、気が引けるから。

 

 こうして小さな後悔が心に積もる。窓の縁にホコリが薄っすらと積もるように。悲しいかな、それを指で掬って、嫌みたらしく言ってくれる人は心の中に居ないから、ずぅっと積もり続けてしまう。

 

 ふふははは、それだけである。たまには落ちも山も無くたっていいじゃないか。次はパーマ当てよう。

妄想その1

「ナカモトサトシ氏が見た世界」

「仮想通貨は人を統一し得るか」

 こんな感じのキャッチーなタイトルを付けようと一瞬思いましたが、あまりに知識が無いので人を呼び込まないタイトルにしてます。

 

 まぁ大層な話をするわけではなく、単なる思い付きであります。

 思い付きが何かと言うと、

「仮想通貨を頂きに据えた国家が出来るのでは?」

という荒唐無稽な話です。

 

 何をきっかけにそう思ったのかも、イマイチわかりません。しかし、手前味噌であるけども、物語にすると面白い内容になりそうな発想だったので、とりあえず形にしておきました。

 

 面白くなりそうなパーツとしては

「仮想通貨の基本となるプログラムを書いたナカモトサトシ氏は現在も正体不明」

「インターネットの製作者(製作者って言い方でいいのかな?)も正体不明」

なので、

「インターネット製作から、仮想通貨の普及など、この流れは遠大な計画の一つでは」

なんて言うお話なんてどうかな、と。

 

 惜しむらくは、現状の私の持つ知識では物語を作るには全く足りないってことです……

 

 この発想もオープンソースにしとくので、誰か作って。

 あるいは一緒に書きましょう。半分本気の半分冗談でござい。

 

瞑想のけっかはっぴょー!

  さて、先日より始めた瞑想ですが、結果からお話ししますと、形は違えど実にはなった?

 と言った具合でございます。

 

 まず求めていた結果というのは、所構わず時を選ばず、ひたすらに思索を続けていた脳内ボイスを落ち着けたい、というものでした。

 その手段としての瞑想。しっかりと時間を取っての瞑想というのは、残念ながら一週間坊主となっています……

 

 しかし、意識の先を呼吸に向けるという技法を覚えることが出来たため、結果として目標に達することができたわけです。

 更に目標とは別に、苛立ちなどのあまり役に立たない感情を抑える手段としても役に立っているので、自分の気持ちに振り回されやすい人には是非瞑想をかじってみてもらいたい!

 

 もう少ししっかりとした形を持って続けたいという気持ちはあるのですが、根性がマイナス域を走る私にはどだい無理な話でしょう。

 

 人生のどこかに大きな余暇が出来たら、高野山の阿字観という瞑想を受けに行ってみたいなぁ。