ライブにさえ行けない私には

 タイトル通りだ。好きなアーティストのライブにさえ行けない私には、知らない場所へ踏み出す勇気がない。

 

 ライブ会場ってどんな場所だろう。きっと殆どの人がそのアーティストの熱心なファンなのだろう。リズム感もノリも欠けた私には似つかわしくない場所なのだろう。

 

Mintjamというバンドが好きだった。もう十年来だろうか、ずっと聞き続けている。知った当初は特にライブなどをする様子などは無かったが、ある時期から時々ライブを開催している。

 私は行きたくて仕方がなかった。初めのライブは確か東京だったろうか。私の住む大阪からは遠く、それを言い訳にしてライブには行かなかった。お金は多分用意できたはずなのに。

 ある時、確か大阪でも開催したはずだ。つい最近も来ていたようなことを見た覚えもある。それでも行かなかった。もうこの時には諦めていた。

 未知の場所、自分には似つかわしくない場所には行けない。踏み出す勇気が無いのだ。それでも良いと思っている。私は踏み出せない。

 

嘘とカメレオンというバンドを最近知った。MV・歌詞・音・ボーカル、全てにキレがあり、次に出るミニアルバムはついさっき予約を入れた。9月に出るらしいそのミニアルバムが楽しみで仕方がない。

ここも今ライブを幾つか予定しているようで、大阪の梅田に来るらしい。

 

それでも行かない。

もう私は足の踏み出し方を学ぶ時期を過ぎてしまっている。

グッバイ、楽しいことに踏み出せる私。縮こまったまま私は死ぬと良いぞ。

トラウマ表出後の夢

 私にはたくさんのトラウマがある。思い出したくないこと程度のものや、少し意識するだけで恐怖を感じるものなど多岐にわたるが、自分の中で最も大きい存在のものがある。

 

 それは中学生の頃、仲の良かった(正確には小学生の時に仲の良かった)女子が亡くなったことだ。どうして亡くなったのか、その真相は当時から現在にかけて不明である。

 サッカーが好きで、中学に女子サッカー部が無いことにしょげていた彼女。ショートカットの快活な笑顔をする彼女。僕は、多分好きだった。本当に彼女のことが。だから、僕は彼女のことを応援していた。言葉に出して、心のなかで。彼女が楽しめるよう、例えば中学に女子サッカー部が出来ることとか、あるいは進学する高校に女子サッカー部があることを望んだ。

 

 そして僕はその真相を知りたくはない。何故なら恐らく亡くなる前の日の彼女の顔を見たから。僕が出掛けようとして家の近くを歩いていた時、近くに住んでいた彼女が自転車で傍を通りかかったのだ。

 僕はどうしてその時声を掛けられなかったのだろう。とても。とても暗い顔をしていた。あの時声を掛けていれば、何かが変わっていたのかもしれない。

 僕は何も知りたくない。それでも。彼女が亡くなった先で幸せにいてることを望んでいる。そしてもしも彼女を不幸に陥れた人が居るなら。死んで欲しい。

 僕も同罪だ。見て見ぬふりをしたことがあるはずだ。嫌なことを記憶から消すんじゃない。死ね。死ね。僕は死にたい。もう嫌だ。

 

僕は彼女が好きだ。今も。僕は死んでからも合わせる顔が無い。もう無い。クズ人間で。だから死んでも会えない。ごめんなさい。もう嫌だ。

もちろん今居る彼女も大好きだ。けれど、多分違う。この亡くなった彼女への感情はもう違う。

トラウマめいた好きだ。こうして文章に残すのは初めてだ。今までずっと思い出すことを拒否していたから。書いている内に息が荒くなってきた。

またいつか一緒に遊びたい。もし、彼女が生まれ変わっているなら、幸せになって欲しい。

 

せめて墓参りだけでもしたいと思っていたけれど、その場所さえわからない。もう、多分一生会うことはない。

 

誰か殺して欲しい。僕を。苦しまずに死にたい、なんてワガママくらいは通して欲しいけど。死にたい。殺してくれ。大好きだった。そう思う自分も嫌いだ、良い思い出にしようとしないでくれ。

 

こうして苦しむうちは、彼女のことを忘れていないということ。忘れていないから幸せだ。もう顔も思い出せないけれど、大好きだ。死なせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああ

書きなぐった!まだまだ言葉が出てくるけれど、もうおしまいだ。今日はこの辺で終わりにするよ。

さよならまた今度。今度なんて無いか。死ね、俺。

エビの仲間のウミカラマツエビってさwwwww

枝みたいなのに擬態するんだってwwww

エビなのにwww

オマージュエビってかwwwwww

http://atopapa.com/wp-content/uploads/2013/12/12-23-PC238190.jpg

 

 

 

 

 

 

オマールエビとオマージュがかかってます、思いついたら書かざるをえない。

 

 

擬態が上手なウミカラマツエビ - 伊豆大島あとぱぱダイビングサービス

上記の伊豆大島あとぱぱダイビングサービス様のサイトより、画像のリンクをさせてもらいました。(無断)

ご迷惑が掛かりますようなら、即時削除します。

シャットダウンな思考回路

 私には嫌いな人間がいる。

 

多分この嫌悪感は初めて見たときから抱えているもの。時を重ねるほどに受け付けないように感じるのは、坊主憎けりゃ精神なのか、それとも単純に嫌な奴なのか。

 

 何かされたわけでもないのに、ファーストインプレッションから気持ち悪さを抱かせる原因は、ある。ただそれが私のシャットダウンな思考回路に依る悪印象の加速なのか、それともその原因が正しいのかがわからない。

 

 奇妙な話に思えるかもしれないが、人の笑顔というのはその人の人間性を表している。

 笑顔の絶えない人、笑顔を滅多に見せない人。それぞれ存在するが、そこはあまり人間性とは関係無い。

 何というか、嫌な人間が見せる笑顔はぎこちないのである。あー、ダメだ。この表現は正しくないな。ここまで極力蔑む言い方を避けて来たが、正確に表すと嫌な人間の笑顔は気持ち悪いのだ。

 不気味の谷現象というのがある。ロボットなどが人間の見た目に近づくよう改良を重ねるうちに、ある時点で不気味さを感じるようになる、というのが不気味の谷現象のおおまかな解説となる。

 

そう、何が言いたいのかと言うと、私の嫌いな人間は人間に見えないのだ。

 

 人間に似た醜悪な生き物というのを補完するエピソードが一つある。

 ある場所に羽根が乱れ、飛ぶ元気さえ無いような鳩がいた。少し離れた場所には鳩の群れがあるが、そこに行くことさえ出来ず苦しそうにする鳩だ。私ともう一人、同僚は何か出来るわけでもないが心配で近くで見ていたという状況に私の嫌いな人間が来た。

 そいつは状況を聞いて、あろうことか

「死ぬんちゃうんか」

というのを連呼したのである。にやけながら。

 

別に自分は優しい人間だと思っていない。それでもそんな言葉をにやけながら言う人間の感性は理解できない。

 

 人を象った醜悪な何か。

自分の考えを纏めるためにこの記事を書いたが、ようやく少し思考回路を開くことが出来た。

 何となく嫌いから、理由をつけての嫌いに変えられたことは大きな収穫である。

何となく、の怖さ

何となく、の怖さがついにわかってしまったかもしれない。

 

それは比較的鋭い私の感覚に端を発する。

他人の感情を何となく、で察せるのだ。誰でも持つ能力だけれど、その中でも多分優れている。

 

声の調子、表情。話す内容、話す頻度。様々な点を総合して判断をしていることはわかるが、言語化して伝えるのはニュアンスが伝え辛い部分があるから、その感じた何となくを誰かに伝えられないのだ。

誰かに伝えられないから、私の行動や言葉に理解を示してもらえなかった。それが何となくの怖さだ。理解してもらえないのは辛くて怖い。

 

今まではその感じたものを極力無視して関わらないようにしてきたけれど、大分人と話すスキルも付いてきた私だ。

身近な人の心を和らげるために使えたらいいな、と何となく考えている8月1日。

ミオヤマザキさんの歌詞

朝、何となくYoutubeを見ていて気になったMV動画。

それがミオヤマザキさんであった。

 

曲のタイトルは

「女に浮気がバレる26の法則」

そして次に

「メンヘラ」

 

音が非常に好きで引き込まれるが、何というか歌詞が痛々しいという印象が強かった。

 

音も声も好きなだけに勿体無いなぁ、なんて思っていた。

 

だが、痛々しいという印象は何というか違う。人それぞれに抱える痛みがあるだろうが、その痛みをこの歌詞を書いた人は曝け出しているから。

 

そりゃあ痛々しいに違いない。例えば、不幸にも交通事故に遭い、肉が見え、白い骨が折れ、真っ赤な地に染まっている場面を見たとしよう。殆どの人間は辛そう、痛そう、可哀想、と思うはずだ。

 

曲を聞いた時に感じた痛々しさとは、つまりそういう風な同情や共感なのだろう。

歌詞を読んだ時、自分のことではないと思う人ならば同情で、自分のことだと思う人ならば共感。

あまりに露骨な痛みであるから、私はそれを分かりやすい痛々しさと自分の感情を翻訳したらしい。

 

またCDでも見つけたら買ってみようそうしよう。

 

備忘録ブログである。

良い文その場の気分

そういうことなんですね。(主観的にだけど)良い文というのは、その場の気分が昂揚している時に出てきてくれて、同じ文章を書くことはその場の気分を逃したらもう無理なんだ。

 

それを切に感じたのは、つい最近のブログ記事の一部が消えてしまっていることだ。

あれは私の、あるいは僕の。本気を書いていたけれど、それは消えてしまった。そして一度吐き出してしまったから文章の構成も忘れてしまって、書き直すことも出来ない。

 

常にその場で書くよう心掛けよう。

 

さぁご唱和下さい。

良い文その場の気分